複雑なオーストラリアデーの背景

複雑なオーストラリアデーの背景

毎年1月26日のオーストラリアデー (Australia Day)は、各地で様々なイベントが開催されて、とても賑やかです。

シドニーで行われる花火はかなり派手で立派ですし、オーストラリア国旗やオーストラリアカラーの緑と黄色を身にまとった人たちがたくさん歩いていて、見ているだけでも楽しくなります。

ところでこのオーストラリアデー、何故1月26日なのか知っていますか?
これを巡って色々複雑な問題も起きているのです。

 

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オーストラリアに白人が上陸した日

オーストラリアにはアメリカのような独立記念日は存在しません。

18世紀、オーストラリアはアメリカと同じくイギリスの植民地としてスタートしましたが、わざわざ戦争を起こしてまで独立する必要がなかったからです。

何故ならイギリス政府はある程度オーストラリア側にも統治の権利を与えて双方にメリットがあるような関係を築き上げていたからで、これは現代も続いているイギリス連邦としての関係と少し似ています。

この背景には、強い抑圧に反発して独立戦争を起こしたアメリカの二の舞にならないように、イギリス政府が他の植民地への対応を変えていった事があります。

1901年にオーストラリアはイギリスから独立しましたが、イギリスの連邦国という形を取っており、故にオーストラリアはイギリスの女王を元首としていますが「君臨すれども統治せず」という言葉の通り、実質的な政権はオーストラリアの首相を中心としたオーストラリア政府が担っています。

イギリス連邦国についてはこちらに詳しく書いていますので細かい事は省略します。
イギリスという国はある?英連邦って何?

ではオーストラリアデーとは何の日なのか?
それは1788年、アーサー・フィリップが率いる役人や囚人を連れた11隻のイギリス艦隊がボタニー湾に到着し、入植を始めた日です。

つまり、白人がオーストラリアにやって来た日を現在のオーストラリアデーとして祝っているのですが、それは先住民アボリジニーにとっては侵略が始まった日でもあります。

この日を境にアボリジニの人たちにとっては悲しい歴史が始まりとなりました。

アボリジニにとっては侵略の日

今から5万年以上前にはオーストラリアの地に住んでいたと言われる先住民アボリジニは、狩猟や植物採集をしながら自然と共存して生き、土地を所有するという概念自体がなかった人たちだと言われています。

そんなアボリジニの人たちの生活は、1788年にオーストラリア大陸にイギリス人が入植して来てから一変しました。

かつて30〜100万人はいたのではないかと推定されるアボリジニ人口は90%まで減少してしまい、その原因は白人がヨーロッパから持ち込んだ疫病によるものや土地を奪われ食料が減った事などもありますが、それよりも白人による迫害の酷さにありました。

当時、入植者の間でアボリジニは人間として見なされる事は少なく、動物のようにアボリジニを追うアボリジニハンティングという遊びがあった事からも分かるように、殺しても良いという概念まであったのです。

更に20世紀初頭になると、人権という名において違う形での迫害が始まりました。

文明を持たない原始的な民族というレッテルを貼られたアボリジニは、白人と同じような教育を受け白人社会と同化して生きるべきだという考え方によって、子供が強制的に親から引き離され収容所に入れられました。

英語以外の言葉をしゃべる事は許されず、キリスト教を信じるように強要された子供たちは、次第に独自の言葉も文化も失ってしまい、この政策が廃止された現在でもその影響は彼らに暗い影を落としています。

頭の痛い問題

近年のオーストラリア政府は、謝罪の意味も込めてアボリジニに補助金や社会福祉面での特別待遇などを与えて来ました。

しかし、当然お金を与えれば問題が解決するという事はなく、文化を失って行き場を失った人たちは昼間からお酒を飲み、足りないので歩いている人にお金をせびったり盗みを働いたり、問題は山積みです。

傷を抱えて生きている人たちの影響は次の世代にも及び、政府に対する不信感から学校に行かないアボリジニの子供も多いそうで、貧困の連鎖が続くという現実があります。

そんなアボリジニたちにとって、オーストラリアデーは侵略の日であって、祝う事が出来る訳はありません。
だから各地でアボリジニーによるデモが行われていたりするのです。

アボリジニの悲しい歴史についてはこちらにも書いています。
アボリジニの悲しくなる歴史的背景

多文化が共存する国オーストラリア

そんなオーストラリアの黒い歴史ですが、現在のオーストラリアの住民は、当時のイギリス人の祖先をルーツに持つ人たちや先住民たちばかりではありません。

2016年の調べ (Australian Bureau of Statistics) によると、オーストラリア全人口の28.5%が国外で生まれているそうで、多くの移民を受け入れながら人口を増やしていったオーストラリアは、もはや多民族が共存する多文化社会の国です。

古くは19世紀の羊毛産業の発達や金の発見で多くの移民が世界中から集まり、戦後は新たな移民法により更にヨーロッパやアジアの国々からの移民が増え、難民もたくさん受け入れて来ました。

多種多様な文化や宗教などが異なる人たちが共存して暮らす国となった故に、近年国家のアイデンティティの問題に悩まされていたりもするオーストラリアですが、その反面で多民族が平和で豊かに共存するひとつのモデルケースの国でもあると思います。

前にメム ・フォックスというオーストラリアの絵本作家さんを紹介した事があるのですが、彼女の絵本 “ I’m Australian too” のように、肌の色や宗教や文化の違う人たちがお互いを尊重しながら仲良く暮らせる国、それがオーストラリアだと信じたいですね。
Mem Foxと絵本

おわりに

過去に様々な歴史があり、どの国にも黒い歴史はあると思いますが、大切なのは事実を事実として受け止め、今をどうよりよく過ごしていくか考えていく事だと思います。

日本人の私をすんなりと受け入れてくれたオーストラリアの人たちの懐の深さには感謝していますし、様々な国籍を持つ人たちと身近に接する事の出来るこの国はおもしろいとも感じます。

アボリジニの人たちの未来や国際社会の中で揺れ動くオーストラリアを見守りながら、私もオーストラリアデーを祝っていこうと思っています。