複雑なAustralia Dayの背景

複雑なAustralia Dayの背景

1月26日はオーストラリアデイ(Australia Day)です。
その日は毎年各地でイベントが開催され、とても賑やかです。
パレードや花火はかなり派手で見ものですし、オーストラリア国旗やオーストラリアカラーの緑と黄色を身にまとった人たちがたくさんいて、見ていてなかなか楽しいです。

オーストラリアという国は、建国からまだ100年ちょっとしか経っていない新しい国です。
オーストラリアが国家として独立したのは1901年。それまではイギリスの植民地でした。
連邦国なので、国家元首はイギリスの女王エリザベス2世。だからお札やコインにも彼女の顔が載っています。

ちなみにオーストラリア紙幣についての記事はこちらです。
オーストラリア紙幣の最先端技術と載ってる人たち

ところでこのオーストラリアデイ、何をお祝いしているのか知っていますか?
これには色々複雑な背景があるんです。

今から200年以上前

1770年にジェームス・クックがオーストラリアを発見してから、オーストラリアはイギリスの土地として「ニュー・サウス・ウェールズ」と名付けられました。

それから1788年、アーサー・フィリップが率いる役人や囚人を連れた11隻のイギリスの艦隊がボタニー湾に到着。そして1月26日、彼らは現在シドニーにあるポートジャクソン開拓地と呼ばれていた現在のロックス(The Rocks)に入植していきます。ロックスがオーストラリアで一番古い町と言われるのはそういう事です。

イギリス人がオーストラリアに入植を始めた記念すべき日、それがオーストラリアデイです。

この頃イギリスは、アメリカが独立戦争を始めた影響で囚人の流刑地がなくなり、増え過ぎた囚人を収容する場所に困っていました。そこでオーストラリアに白羽の矢が立ったのです。
以来80年に渡ってイギリスはオーストラリアに囚人を送り込んだそうです。

この事でよくオーストラリアは囚人の国とか言う人が結構いますが、この囚人と言うのはすごく微妙だと思っています。貧しくてパンを盗んだだけでも囚人としてオーストラリアに流されているんです。

オーストラリアの“犯罪者”の多くは,10歳にも達しない少年少女だった

興味深いサイトがあったので、興味があれば読んでみてください。
https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/102002285

話が少し逸れましたが、つまり1月26日はオーストラリアに白人がやって来た日なんです。
先住民アボリジニーにとっては侵略が始まった日です。
アボリジニーについては長くなるので別機会に書きますが、この日からアボリジニーにとって悲しい歴史が始まります。

4万年以上前からオーストラリアの地に住んでいたアボリジニー。
自然と共存して生きていた、人と争う事を知らない人たちだったと言われます。

そんなアボリジニーたちを侵略者は弾圧しました。
当時、アボリジニーは殺しても良いという概念があり、アボリジニーハンティングという遊びまであったそうです…。
こういった虐殺が繰り返され、たくさんいたアボリジニー人口は90%まで減少したそうです。

1950年代には、アボリジニーの子供たちは親から引き離され、白人のの教育を施され、彼ら独自の言葉も文化も失いました。この世代は盗まれた世代(Stolen Generation)と言われています。

アフリカの歴史とかを見てもそうですが、白人たちの植民地政策が原住民の人たちの不幸を呼びますね。
(たくさんの内戦、ルワンダの大虐殺などの陰には白人がいます。)

近年の政府の対応

現在オーストラリア政府は謝罪の意味も込めて、アボリジニーに対して補助金や社会福祉面での特別待遇などを与えて来ました。
2008年には、当時の総理大臣だったケビン・ラッドが、アボリジニーに対して正式に謝罪を表明しました。

それでもアボリジニーに関しては色々頭の痛い問題が山積みのようです。
私がケアンズに住んでいた時も、市内には補助金で昼間からお酒を飲み、足りないので歩いている人にお金をせびったり盗みを働いたりする人たちがたくさんいました。
文化を失って行き場を失った人たち。それは彼らにとって深い深い傷となっているのでしょう。そう思うとやるせないです。

オーストラリアデーで賑やかな反面、ある所ではアボリジニーによるデモが行われています。
こんなとても複雑な事情が絡むオーストラリアデイなんです。

移民の国オーストラリア

とは言え、オーストラリアには移民もたくさん住んでいます。
2016年の調べでは、オーストラリア全人口の28.5%がオーストラリア国外で生まれているそうです。( Australian Bureau of Statisticsより)

それ以前にも、羊毛産業の発達や金の発見で19世紀には世界中から多くの開拓者がやって来ました。特にゴールドラッシュ時代には中国だけでも約4万人もの人たちがオーストラリアに移住してきたそうです。
そして近年、難民もたくさん受け入れて来ています。

前にメム ・フォックスというオーストラリアの絵本作家さんを紹介した事があるのですが、彼女の絵本 “ I’m Australian too” のように、肌の色や宗教や文化の違う人たちがお互いを尊重しながら仲良く暮らせる国、それがオーストラリアだと信じたいですね。

Mem Foxと絵本