ワーホリは今も昔も出会いと別れの繰り返し(その連絡手段、今昔)

ワーホリは今も昔も出会いと別れの繰り返し(その連絡手段、今昔)

こんにちは、Eriです!
私は2006年にワーキングホリデービザでオーストラリアに来ました。

初めの予定では、ちょっと1年だけオーストラリアに滞在するつもりだったのですが、何故か永住権を取る事となり、来豪してからすでに11年の月日が流れています。

さすがにこれだけの期間オーストラリアにいると、あの頃のワクワク感も新鮮味もあまりなくなりますね(笑)

今でも相変わらずたくさんのワーホリの人たちと出会う機会もありますが、最近ワーキングホリデーで来る人たちは、私たちの時代とはどんどん事情が変わってるなあと思う事が増えました。

という事で今日は、私の時代に出会った人たちと今までどうやって連絡を取って来たか、振り返ってみたいと思います。

出会いと別れの繰り返し

オーストラリアに来て最初の2年はもう楽しくて楽しくて、何で最長2年しかビザがないんだろう…、と悲しかったものです。

でも今思えば、それは期間限定でいずれ国に帰るから楽しかったというのもあると思います。
それについては記事にしていますので、そちらを読んでみてください。
海外長期滞在の人にやって来る4つの段階

ワーキングホリデービザは、何でも自分でオーガナイズ出来る素敵なビザです。
学校に行って勉強しまくっても、働きまくっても、旅行しまくっても、人に迷惑をかけなければ何でもOK。

ひとつの都市で動かない人もいれば、ラウンドと言ってオーストラリア中を旅行して回る人もいて、過ごし方はその人次第。
私はその中間タイプですね。旅行と仕事がメインのアクティブ型でした。

欲張りだったので色んな場所に住んでみくて、平均3カ月に1度は旅行を挟んで新しい町に移ってました。
そして新たな町で一から住む場所と仕事探しを見つける。それは、きつくもありましたが楽しいものでした。町が違うだけで気分が全然違うんです。

友達はどこへ行ってもだいたい同じ境遇の子たちがたくさんいて、国籍を問わずにすぐ出来ました。
移動が多かった分、出会いも別れもものすごい速度でくるくると入れ替わって忙しかったです。

とにかく出会いと別れのスパンが短いワーホリ生活。都市や町を移動している人は尚更です。

私も移動しまくっていたので、出会いも別れもものすごい速度でくるくると入れ替わって忙しかったのですが、同じような境遇で出会った人たちって国籍を問わず何か特別な出会いに思えるんですよね。

連絡が取れなくなった人たちもたくさんいますが、今でも繋がりがある友人もたくさんいます。
それに有名な話ですが、オーストラリアにいる日本人って、ちょっと変わった人が多いんで、面白いです(笑)

そうじゃなくても、日本で普通に生活していたら絶対に会えなかっただろうなーと思うような日本人の人たちとも出会えたし、日本各地に知り合いを作る夢も叶いました。

連絡交換の手段

そんな特別と思える出会いがあれば、当然連絡交換するのは自然の流れです。

2006年前後、まだスマートフォンなんて存在しません。
一体どういう風に連絡交換してたのでしょうか。
ちょっと紹介しますね!

Email

もちろんEmailが主流でした!
これなら世界中どこにいても連絡を取り合う事が可能です。

 “出会い帳” と言うものを持っている人も多くて、それに仲良くなった子のEmailアドレスや国に帰った時の電話番号、メッセージなどを書いてもらってました。

下の写真が私の出会い帳の一部です!

これを読むと、今でも顔がほころんだり恥ずかしくなったり、色んな感情が出て来るから不思議。

でもこのEmail交換、注意が必要でした。

今はLINEやFacebookや色んなソーシャルサービスがあるので連絡先をパパッと登録すれば済む事ですが、当時は手書きでEmailアドレスをもらった後にインターネット環境のパソコンからメッセージを送らなければいけませんでした。

特にヨーロピアンは汚くて読みにくい字も多く、気を付けないと二度と連絡が取れない事もよくあったんです(^_^;)

少しでもアドレスに不備があると、送信エラーになって返ってくるので、本当にこの先連絡を取って行きたい人は、書いた時点でちゃんと読めるかどうかのアドレスの確認が必要でした(笑)

でもEmailって、どっちかがマメに連絡を取らないと次第に交流が途絶えてしまうんですよね。
最初は盛り上がってもだんだん話題がなくなっていくというか、マンネリ化していくと言うか…。もともと数週間、数カ月単位の付き合いですし、旅行先で数日共にしただけの人なら尚更です。

mixi

ワーキングホリデーに行く前に、地元の友人から “mixi” と言うものを教えてもらいましたが、使い方はさっぱり謎でした。

オーストラリアに行くと言う事で、ビザを申請したりエージェントと連絡を取るために必要なHotmailなどのサービスの存在を知ったばかりの私には全く意味が分かってませんでした(笑)

便利と分かって日記を書き始めたのは、本当にワーホリが終わる頃の2008年。
その頃になると日本人の多くがアカウントを持っていて、「IDは何?」と聞き合っていました。

でもみんなニックネームで登録してるので見つけにくいんですよね(笑)
現在ではもうパスワードすら覚えていない人が多数です!

Facebook

2007年頃、旅行先で知り合ったヨーロピアンから聞いて “Facebook” の存在を知ったのですが、日本人には知名度がほとんどありませんでした。

その頃のFacebookは英語の表記しかなかったのが理由のひとつです。2009年くらいにFacebookも日本語が導入されてからは、いきなり日本人ユーザーが増えました。

近年はスマートフォンの普及でアカウントを持ってない人の方が珍しくなりましたね。いやー、時代は本当に変わりました。

FacebookはEmailと違って常に相手の近況が分かるので、連絡をしばらく取ってないのに繋がっている気がしてしまうのが便利ですね!良いか悪いかは微妙ですが。

インターネット

そんな時代、インターネットはどうしていたと思いますか?

一番の主流は、現地の旅行エージェントや日系電話会社などの30分無料インターネットだったと思います。

会員になったら会員だけそこのインターネットが使えたのですが、それを使ってEmailチェックするのが日課だったワーホリも多いはず。
いつもワーホリの人たちでいっぱいで、時間を予約して順番待ちでした。

30分無料、当時の私はEmailチェックくらいしか使い方を知らなかったので充分でした(笑)

時々インターネットが出来るシェアハウスもありましたが、英語しか打てなかったり、ひどい所は日本語自体が読み込めなかったり。(日本語が “◽︎◽︎◽︎◽︎” としか表示されない。)

Wi-Fiなんて存在せずダイヤル回線だった時代ですから、シェアハウスにあるインターネットのコードを自分のパソコンに繋ぎ直している人も多かったです。

図書館やバックパッカーズホテルにもインターネット出来る場所はありましたが、とにかく値段が高かった!

ちなみに当時、オーストラリアは国土が広い上に人口が少ない為にインターネットの工事が大変で、なかなか発展しないと言われていました。

そんな中、すでに韓国のネット社会はかなり充実してたと思います。

韓国系のネットショップは読み込み速度が速くて値段も安め。
だからワーホリ後半でmixiにハマってた時は、いつも韓国系を利用してました。
今はもうネットショップ自体を見なくなりましたね。

ブログという存在すら知らなかった私

そんな私ですが、ホームページを作ってオーストラリアのブログを書きたかったのです。

ワーホリの情報やビザ申請等は、漫画喫茶のインターネットを利用してたのですが、海外の情報発信=ホームページと思って疑わなかった私は、日本で何とかプロバイダーと契約して、ホームページビルダーというソフトも買ってみました。ブログサービスなんて考えた事もなく…。

でも、うまく出来ずに敢えなく断念。(今になってやっと叶いました!)

あの頃に今のようなネット社会だったら、絶対に『I Love 九州』的な九州情報発信ブログを作ってたに違いありません。だって、紙に写真貼ってそう言うのを作ってたくらいですから〜(20年くらい前ですよ。)
んー、残念!

最近になって私、ブログ村のワーホリの子たちが書いたブログをよく読んでます(^。^) みんな面白い!簡単に情報発信出来る良い時代になりましたね。

最後に

どうですか?かなり変わったと思いませんか(笑)

でもその前の世代の大変さを思うとラッキーだったと思います。
携帯電話がないので、ホテルのノートや伝言板にメッセージを残してた時代とか…。

「これを見たらこの番号に連絡ください。」

今と比べたら、すごく気の長い話です。その人がそのメッセージを見るとは限りませんしね。考えただけで気が遠くなりそうです(*_*)

今回は連絡交換の方法やインターネット環境の今と昔の違いについて焦点を当てましたが、他にも色々あります。

次はその他の変わった事を書いてみます!
10年前と現在、かなり変わったワーホリ事情の比較