周りが反対しても海外に出る子は出るし、出ない子は出ないと思う

周りが反対しても海外に出る子は出るし、出ない子は出ないと思う

「親や周りが反対しているからワーキングホリデーに行くのを迷っている」そんな話をたまに聞きますが、重要なのは周りの意見よりも自分自身がどうしたいのかだと思います。

とは言え、今の日本の現状ではまだまだ仕事を辞めるのはリスクがありますし、正直ワーキングホリデーは海外に行って遊んで帰ってくるだけというイメージもあるのも現実です。

行っても何のプラスにもならない可能性もあるので、ここはおとなしく親の言う事を聞いていた方が賢明かもしれませんよ?

それであなたが後悔しないならね。

これから書くのは、ただの私の体験談と意見です。

 

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それでも行きたい?

私は26歳の時にワーキングホリデーでオーストラリアに行きたいと言ったら親に猛反対され、職場でも上司や色んな人に引き止められて、メンタルをやられそうになりました。

それでも “行かないと絶対に後悔する” という確信があったので、決めてから実行まで2年もかかってしまいましたが、あきらめずに実現させて今があります。

でも、そのお陰でオーストラリア生活を思いっきり充実させよう、という勢いも根性もついたと思うんです。

今もし周りに反対されて悩んでいる人がいたら、それは自分の意思を試されているファイナルアンサーだと捉えてみてはいかがでしょう? そう思うと自分と真剣向き合える機会にもなりますし、悪くないかもしれませんよ。

誰の人生なの?

団塊世代の私の両親は、頭が固くて考え方も古い上に厳しい人たちでなので、海外に1年出るなんてとんでもない!という感じで全く受け入れてもらえませんでした。

そりゃね、娘がやっと正社員として良い職に就いて安心してたのに、それを辞めて海外に行くなんて、終身雇用世代の両親にしてみればあり得ないと思う気持ちは分からなくはないです。

でも私は介護福祉士や保育士の資格を持ってましたし、選ばなければ帰国後に職に困る事はないだろうと踏んでました。それよりも、長い人生のたった1年を海外に出る事すら許されないなんてナンセンスだと。

でも父親は「オレは石橋を叩いて叩き壊すくらい用心深い性格だからダメ。」とか言い出して。

いや、それはあなたの性格であって、これは私の人生なんですけど?

父が愛情から心配してくれてるのは分かるんですが、あの手この手で私をあきらめさせようとするので参りました。実際、言われた言葉がショックで車の運転中に事故ったりもしましたしね…。

もちろん自分のお金で行くし、ちゃんとエージェント通していつでも連絡がつくようにするから、と安心してもらおうとしてもダメ。そもそも長期で海外に出る事自体に反対なので、どんなに説得を試みても上手くいきません。

それでも私の行きたいという気持ちは変わらず、むしろここで私が折れてしまったら一生親を恨んで生きる事になるだろうと思ったので、それだけはお互いの為にも避けたいと思ってました。

最悪、承認は必要ない

他の人の意見を聞く事も大切だと思ったので、友人や海外経験者や色んな人の意見も聞きました。そして、ある事に気付いたんです。

それは、子供が海外に出る事を応援してくれる親は自分も海外経験がある場合が多くて、反対するのはだいたい海外に行った事がない親だという事。

うちの両親は人生で一度もパスポートを作った事がありません。テレビの情報などを見て海外は危険だというイメージを持っていたし、何よりも自分たちの目が届かない未知の世界に娘を行かせるのが怖かったのだろうと思います。

でも、ある人が「日本にいても危険な目にあう時もあるから、日本にいようが海外にいようが危険な時は危険。」と言ってくれて、その言葉にはとても励まされました。本当に、今の日本を見ていても全くその通りですよね。

とにかく、どうせ後悔するなら行かなかった後悔よりも、行った事を後悔しようと。

話し合っても平行線で埒があかない両親とは半年くらいいっさい連絡を取るのをやめて、オーストラリア行きを現実のものとすべく着々とビザを取ったり飛行機のチケットを購入したりと準備を進めました。

私も立派な大人ですから、最悪の場合は親と縁を切ってでも行こうと。大げさではなく、本当にそんな雰囲気が漂ってたんです。

何故そこまでしてオーストラリアに行きたかったのか?と聞かれると、うーん…。よく分からないのですが、とにかくどうしても行かないと後悔する気がしたんですよね。それに、小さい頃から私がやりたい事はだいたい全力で両親に反対されて来たので、今回もやっぱりねと覚悟してました。

「時代は変わるから、もう若い人に従わないとしょうがないんかな…。」

そう言って最終的に父が折れてくれたのは、出発から1週間くらい前だったと思います。出発前夜に父が連れていってくれたガストのステーキは忘れません。

 

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本気だったから頑張れた

それにしても、準備期間が2年って長くない?と思う人もいるでしょうが、確かに私は長い方かもしれません。

2年かかった理由は主に英会話スクールのポイント消化留学資金ですね。

英会話スクールは、私がオーストラリアに行こうと思ったそもそものきっかけでした。

授業料は先払いで決して安くはありませんでしたが、自分のペースで最大3年かけて消化すれば良いスタイルがとても気に入ってたんです。でも、通い始めて1年目にオーストラリア行きを考えてしまったので、とにかく頑張って2年で完了させました。
(オーストラリア行ってから私は英語があまり好きではなくなってしまったので、この時に勉強してて本当に助かりました。)

お金も正社員として6年間働いていたので退職金はそこそこ出ましたが、英会話スクールなどのローンを全額返済して、オーストラリアでの語学学校費やホームステイ代を払ったら手元にそんなに残らず…。

英語力も資金も少しでも多い方が良いのは分かり切ってるので、出発前1年間はバイトを4つくらい掛け持ちして、その隙間に英会話スクールに通う生活をしました。当然、遊ぶ暇なんてなかったし、この頃の平均睡眠時間は3〜4時間。24時間寝てないなんて事もよくありましたが、それでも向こうに行く事を考えたら頑張れたんですよね。若かったですしね。

でも今思い返すと、こんな事が出来たのは両親の反対が逆に活力になっていたからなのかもしれないです。分かりませんけどね。

おわりに

結局このワーホリが終わった後、ビザを伸ばして最終的に永住権を取得するのですが、この時はそんな事は夢にも思ってませんでした。

今でも自分の選択が正しかったのか間違っていたのか、答えは出ていません。でも、あの時あんなに反対されなかったら、間違いなくすんなりと日本に帰っていたでしょう。

というのも、ワーホリのビザが切れた時点で私はまだオーストラリアに未練タラタラで、日本が恋しくてたまらなかった反面、帰国してしまうと2度と戻って来れない気がしてビザを延長してしまったのです。

はっきり言える事は、私が今オーストラリアに住んでこんな風にブログを書いていられるのは、あの時の大反対があったから。そういう意味で、反対された事には感謝しなければいけないのかもしれません。

だから、私は周りに反対されて悩んでる人に対して、無責任に絶対に行った方が良いともやめた方が良いとも言わないです。自分の人生ですから嫌なら行かなければ良いし、行きたいなら行けば良いと思います。

自由には責任が伴うものですし、自分の人生に責任を取れるのは自分だけですから。