仕事がないっ!

仕事がないっ!

さて!苦労してやっと住む所が見つかったので、次は仕事探しを始めた2006年6月下旬。
前回の続きです。
ワーホリ資金と現地での仕事

夢と現実のギャップ

ケアンズ市内にあるオーキッドプラザという建物の中に、日本の旅行代理店があります。そのガラスの壁には、たくさんの仕事の募集が貼られていました。
スマートフォンがなかったこの時代、ケアンズのワーホリの人たちは、だいたい仕事探しはこの場所に来ていたと思います。職安みたいなものですね。

日本人観光客の多いケアンズの仕事の募集は大きく分けて3つ。
日本食レストラン・おみやげやさん・ツアーガイドです。

実はオーストラリアに来る前、一応目標というか夢がありました。
それは “オーストラリアの海が見えるカフェで働く事”

日本でオーストラリアに行く事を夢見て頑張っていた頃、オーストラリアといったら“海” というイメージがありました。
私にとって海はある種の憧れであり、その頃地元の “海は見えないけれど海沿いにあるオシャレなカフェ” でバイトしていたのも影響していたのかもしれません。
今度はカフェからでも海が見えたら素敵だな、それもオーストラリアの♡ と甘い事を思っていたんです。

でもご存知の方は多いと思いますが、残念な事にケアンズ市内の海は全然キレイではないんです。
こんなん↓ですよ。


キレイな海を見たければ、バスで少し遠くまで行かないといけません。
だから市内で泳ごうと思ったら、ラグーンという人口プールで泳ぐしかありません。

そう、ケアンズに来た時点で私の夢は非現実的だったと悟るのです。

でもローカルのカフェで働けたらカッコいいだろうな〜とは思いましたが、それはすぐにあきらめました。
どうしても自分がローカルで働ける気がしなかったんです。
こんな事を書くとヘタレと思われるかもしれませんが、実際とても難しかったと思います。

まずローカルは短期でしか働けないワーホリを雇いたがらない事。
そして町にはアジア人があふれかえっているというのに、カフェのスタッフの多くは白人というのも取っ付きにくさがありましたし、英語もですが、メニューやコーヒーなどのシステムがあまりにも日本と違って勝手が分からないというのもありました。
それに何よりも、そこまでして頑張るほど情熱が湧かなかったんです。

正直に言ってしまうと、ケアンズのカフェって思ったほどおしゃれではないな、というのが最初の感想でした。

日本で “カフェ” といえば若い女の子が好んで行くようなおしゃれなイメージがありますが、こっちのカフェはローカルの人が老若男女問わず普通に利用する、日本でいう大衆食堂的な?印象を持ちました。(もちろん場所や都市によるし、おしゃれな所はたくさんありますけど、この時はそう思ったんです。)

かといってお寿司屋さんや日本食レストランで働くのも気がすすみません。
せっかく海外に来たのに日本でも出来るような事をするのはつまらないと思ってました。
何かオーストラリアに来たと感じられる仕事がしたかったんです。

ワーホリの1年はとても短いです。
色んな都市に住んで、色んな土地々を充分に味わいたかった私は、ゆっくりしている暇はありませんでした。
それなのに私はすごく選り好みをしてしまいました。

社会人として人としての葛藤

ちなみにこの前年、セカンドワーキングホリデーという制度が導入されて、ワーキングホリデーで最大2年の滞在が可能になっていました。
それに伴って今までは同じ雇用主の元で3カ月しか働けない決まりが6カ月までに変更されました。

だから最低6カ月働ける人が応募条件の所も結構あったように記憶しています。特にツアーガイド系。
そりゃ雇う側にしてみれば、長く働いてもらうに越した事はありませんよね。

ワーホリ時代、よく他のワーホリの子が言っていたのを聞きました。

「とりあえず3カ月とか6カ月とか働けますって言っておいて、働いてしまえばこっちのもの。辞めたくなったら辞めれば良いよ。だって、私たちは仕事の為だけに来てるんじゃないんだし。」

これを聞いたのは1人や2人じゃないので、こう思っているワーホリもきっと多いんでしょうね。
ここは海外で一時的に住んでいるだけだから、消えてしまえば誰にも追跡できないし、と。

でも、それを言ったら雇用主は「遊びで仕事をしてるんじゃない」ので、こういう人が多いとそのうちワーホリ自体を雇ってもらえなくなります。
雇われても信用を得るまで「あ、なんかあまり期待されてないな」と感じる人も多いんじゃないでしょうか。どうせワーホリだから、と最初から期待しない現地の人は多いんです。

雇用主は遊びで人を雇っている訳ではなく利益を出さないと潰れてしまうので、そこが半ば遊び気分で来ているワーホリと現地で商売をしている人たちとの温度差なんですよね。

とりあえず当時の私は今よりもずっと責任感の強い人間で、そういうワーホリが多数いる事に驚いてました。日本の私がずっと生きてきた社会の常識では、あり得ない発想でした。
そういう意味でもしっかり日本で社会人をしてから海外に出てきた事は良かったと思ってます。
日本の社会と比べる事も出来るし、それが軸にあって日本にいたら絶対に会えなかっただろうタイプの人たちに会う事は時に新鮮です。

この件に関しては、面接で嘘をついて雇ってもらうなんてとんでもない!何でそんないい加減な事を思い付けるんだろう?お金をいただくからには人として、きちんと役割を果たすのが筋なのでは、と思っていましたし、今もそう思いますが、でもその反面葛藤もありました。

私、オーストラリアの旅をしたくてわざわざここまでやって来たんです。
親の大反対を押し切って睡眠時間を削って資金を稼いで…、ここまでの道のりは決して楽ではありませんでした。
ここに来るまでにお金も英語も、私が出来る最大限の事をして来たと思います。
それがこんな所でつまずくなんて!

すでに語学学校に通って1カ月が経過しているのです。
オーストラリアは広いです。
やっぱり移動する事を考えれば、ケアンズにそんなに長居出来ません。

私の無謀な計画

ここでもしかしたら1年もあるのに足りないの?と不思議に思った人がいるかもしれないですね。
はい、ぜんぜん足りません。
なぜなら私は “旅行” ではなくて “住む” 事を考えていたからです。

出来れば全部の町に数カ月ずつ住んで、その土地を味わいたいと思っていました。
ただ旅行に来るのと住むのでは、全くその地域の印象や理解度が違いますよね。
1年しかないのなら、せめて数カ月ずつ1つの場所に腰を下ろして、そこに “住む” という事がしたかったんです。
ケアンズはまずその最初の場所だと思っていました。

都市に住んだら仕事を最低3カ月するとしますよね、そうすると1年間でたった4カ所しか住めません!
ああ何てクレイジー(>_<) 無謀で欲張りなのは分かっています。
でも、とにかく理屈ではなく、どうしてもそうしたかったんです!オーストラリアに来た理由と同じです。
その為なら情報収集に労力を惜しみませんでしたし、とにかくすごい情熱でした。

でもその前に働かなきゃ。ケアンズもまだよく見てないし…。
ああ〜、私って何でもいつもこんな調子なんですよ。
あれもしたい、これもしたい。しないと気がすまない。
だから他の人の数倍あれこれ忙しい人間なのではないかと思います。

思わぬ方向へ

とりあえず私は、おみあげやさんを中心に仕事を探し始めました。
おみあげやさんなら最低3カ月働けばOKの所が多かったですし、オーストラリアの事がたくさん知れると思いました。

一度韓国人系のお店に決まりかけましたがダメになしまって、それからは他の所に連絡しても連絡しても断られるばかり。
張り紙を見て連絡しても断られてなかなか面接まで行かないし、飛び込みも何度かしてみたりもしましたが、やっぱりダメ。
想像以上にこの時期は人が余っている時期らしく、とても厳しい状況でした。

ついに選んでられなくなり、日本食レストラン系も視野に入れて連絡し始めましたが、やはりみつかりません。
ある回転寿司屋さんは人が常に辞めているので常に募集してるらしい、というウワサも耳に入って来て、気が重いけど何も見つからなかったらそこに行くしかないのかなあ(失礼)…とため息の日々。
貯金はどんどん減っていきます。

ある日、思いました。
「お土産屋さんの仕事は見つからないし、日本食レストランは気分的に楽しく働けないと思うから仕事探しに身が入らない。それなら半年費やしたとしても、腹を据えてツアーガイドをした方がオーストラリアに来た意味があるんじゃないだろうか。」

ついにツアーガイドも視野に入れる事にしましたが、やっぱり連絡しても「もう決まった。」と言われるのは相変わらずです。

でも一件だけ、面接をしてくれた所があって嬉しかったのですが、
「今、人は足りてるんだよね。ツアーガイドってすごく大変ない仕事だよ?本当に出来ると思うの?」
と面接してくれた方の口調はかなり厳しくて、少したじろぎました。

こういう風な厳しい口調の面接は実はよくある事で、よく聞きますし厳しくなる方の気持ちもよく分かります。
この時点で覚悟のないワーホリはふるい落とされるんです。

この時私は、やっとありついた面接を無駄にしたくありませんでした。
ツアーガイド経験はないですが、努力と根性だけは負けないつもりです。

「でもそれは…、やってみないとわからないので!頑張りたいです!」

「やってみないとってねえ、うーん…。あ、そうだ。来週からちょうどツアーガイドの講習会をするから、ちょっと参加してみる?1人増えても変わらないから。」

えー!?

「あ、はい、やりたいです!よろしくお願いします!」

仕事が見つかった訳ではないですが、やっと仕事に関係しそうな事に関われるのが嬉しくもあり不安でした。
とりあえず仕事探しはしばらくストップになります。
ここで働けせてもらえれば良いけど…。

という事でツアーガイドの研修というものを受ける事になりました。
オーストラリアに来てからもうすぐ2カ月がたとうとしていた、7月の初めの事です。