アイルランドのお祭りSt Patrick’s Day

アイルランドのお祭りSt Patrick’s Day

早いもので、もう3月も半ばですね。
3月と言えば3月17日のセントパトリックスデー(St Patrick’s Day)ももうすぐです。

このサイトはオーストラリアについての情報を発信していますが、今日はオーストラリアでも祝われているセントパトリックデーにまつわるアイルランドやアメリカの歴史も語っちゃいます〜。(オーストラリア以外の国になると手持ちの写真がないんですけどね〜。)

セントパトリックスデーとは

セントパトリックスデー。
これはもともとアイルランドのお祭りで、5世紀頃にアイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックさんが亡くなった日を記念する日です。

現在では世界中で祝われるようになり、日本各地でもパレードが行われているようです。
もちろんアイルランド移民の多いオーストラリアでも、オペラハウスが緑にライトアップされたり、パレードやイベントが開催されます。

緑がシンボルカラー。この時期が近づくと緑色のグッズが売られているのを目にしますし、当日は緑色の物を身に付けた人たちもたくさんいて見ているだけで楽しいものです。

オーストラリアのイベント

本場のアイルランドは祝日となり、首都ダブリンでは5日間にわたる盛大なSt. Patrick’s Festivalが開催されるそうですが、オーストラリアは通常の日です。

なのでシドニーで行われるイベントは17日周辺の日曜日に行われる事が多いです。
今年2018年の17日は土曜日なのでイベントは18日の日曜日、Moore Parkで12時から。昔はハイドパークだったんですけどね。

多分アイルランドの食べ物やビールなどが売られて、アイリッシュダンスなどの色々なイベントが開催されると思います。
http://sydneystpatricksday.com

パレードは多分ジョージストリートが使えないし、ないと思います。インフォメーションが見つからないですし。

シドニーにいない人もいる人も、アイリッシュのパブへ行ってみてください。きっと緑色の物を身につけた人たちで凄いことになっているでしょう。


もともと仲間といつもお酒を飲んでいるイメージのアイリッシュですが、この日のアイリッシュパブは更に盛り上がります。

シドニーのシティにもScruffy Murphy’s、P.J.O’Brien’sなどのアイリッシュパブがいくつかあります。

昔アイルランドのバンドU2も泊まったと言われるThe RocksのMercantile Hotel のアイリッシュパブも人気です。(入るまでにかなり並ぶかもしれません。パスポートなどの身分証明書も忘れずに。)

セントパトリックデーの始まり

けれどオーストラリアで開催されるイベントは、アメリカと比べると規模が小さく、知名度も低いと思います。

アメリカではシカゴの川を緑色にしたり、シカゴ警察のバッジもこの日仕様になったり、ウィスコンシン州のニューロンドンでは、この期間中だけ町名が「ニューダブリン」になるとWikipediaにも書いてありますし、その日に緑色の服を着てない人はつねられるそうです (笑)

St. Patrick’s Day Chicago March 17, 2012 by Max Talbot-Minkin

こんなにも盛大なアメリカのイベント。
それもそのはず、このお祭りはアイルランドのお祭りおではありますが、パレードを始めたのはアメリカ合衆国からなんです!

1762年に祖国を遠く離れたアイルランドの兵隊がニューヨークの町を行進したのが始まりです。
まだ独立戦争前のアメリカで、もうすでに行われていたんですね。

あの時代に異国へ来た人たち、どんなに祖国が懐かしかった事でしょうね。

その名残か、現在でもそのニューヨーク州のマンハッタンでは世界で一番大きなパレードが行われているそうです。

食べ物

ちなみにこの日はコーンビーフとキャベツを煮た物を食べる習慣があるそうですが、これはアイルランドで食べられてる料理ではなく、アメリカ風アイルランド料理といった方が正しいようです。

Mmm… corned beef and cabbage January 27, 2015 by jeffreyw

アメリカに移民して来たアイルランド人たちは、アイルランドでよく食べられていた豚がアメリカでは高価な為、コーンビーフを使うようになりました。そしてジャガイモよりもコストパフォーマンスの良いキャベツが使われ、それがこのアイルランド料理になったんですね。

だから、やっぱりアイルランド料理に変わりはないですね!

緑色のビール

この日が近づくと、アメリカやヨーロッパのパブなどでは緑色のビールが飲めるそうです。

着色料を使う所もあれば、ブルーキュラソーの青いリキュールを混ぜて緑色にする所もあるそうです。
なるほど、黄色いビールと青いリキュールを混ぜれば緑になりますよね!

私も一度はこのグリーンビアを飲んでみたくて数年前からずっと調べてるのですが、オーストラリアで売られてる形跡は全くありません!(2018年現在)

そもそもこの国はリキュール系がすごく高価なので、グイグイお酒を飲むアイリッシュたちを相手にコストパフォーマンスと手間が合わないのかもしれません。

じゃあ自分で作ろうか…?と一瞬考えましたが、わざわざビールを緑色にするくらいならMIDORIとかメロンリキュールとかで良くない!? と言う結論に達しました(笑) きっとオージーもそう思ってるんじゃないんでしょうか。あはは。

ところで何で緑なの?

セントパトリックデーのシンボルカラーである緑色。
緑なのにはいくつか理由があるようです。

まず、アイルランドは緑が豊かので『The Emerald Isle (エメラルドの島)』と呼ばれる事があります。
アイルランドのどこに行ってもあると言われるシャムロックと言う植物も、その緑の一部になってるのでしょう。

シャムロックとは

シャムロック(Shamrock)はアイルランドを象徴する植物で、国花としても知られています。

基本的に三枚の葉が付いてるものは全てシャムロックと呼ばれるらしく、シンボルとして使われているシャムロックは三つ葉のクローバーと同じ物です。(ただしアイルランド人の前ではシャムロックと呼ばないと怒られるみたいなので要注意。)

かつて聖パトリックがこのシャムロックを使って、キリスト教の教義である “三位一体” をアイルランドの民衆に分かりやすく説明した事でも有名です。

三位一体とは簡単に言うと、父なる神・子であるイエスキリスト・精霊(スピリット)は三つでひとつであるという教えで、三つ葉が茎でひとつに繋がっている、と説明したんですね。

もともとアイルランドのケルト民族の間では3という数字は特別な力があると言われていて、神聖なものとされて来ました。
アイルランドでは良い物は3つあると言い、アイルランドのケルト音楽も三拍子のものが多いんです。

だからこの話はきっと、当時のアイルランドの人たちの心をぎゅっと掴んだのではないでしょうか。

レプリコーン

レプリコーン、レプリカン、色んな日本語の呼び方があるようですが、英語ではLeprechaunと書きます。
これもよくセントパトリックデーの象徴とされるアイルランドの妖精で、彼の服がやはり緑色なんです。

妖精と言うと女の子っぽいですが、こちらの妖精は小さなおじさん。

緑色の服を着て赤いヒゲを生やしている絵を描かれる事が多いのですが、実はこの妖精は靴職人なんだそうです。

伝説によれば、この妖精は孤独で不親切。ひとりで靴を作って暮らしてるそうです。
その一方で動きが素早く人をつねったりとかいたずらが大好きと言う話もあります。

そして虹の端っこに金貨の入ったツボを隠していて、もしもこの妖精を捕まえる事が出来たら幸せになれると言う言い伝えも。

彼を捕まえたければ、靴を作る槌の音を頼りにたぐれば見つけられるかもしれません。

ただし捕まえたらよく彼を見張っていないと、一瞬でも目を離したら消えてしまうそうです。

アイルランドのセントパトリックデー

ところでアメリカやオーストラリアは分かりましたが、本場のアイルランドではどのような感じなのでしょうか。

聖パトリックの没後、アイルランドでは何世紀にもわたって3月17日にはミサに行く習慣があり、それは今でも続いているそうです。

この日が正式にアイルランドの祝日として制定されたのは1903年。

飢饉や戦争、イギリスからの独立、歴史的な様々な試練を乗り越えて来たアイルランドですが、1990年代後半頃から落ち着き始め、セントパトリックデーのイベントも次第に賑やかになって行ったようです。

首都のダブリンの国を挙げての大きなお祭りは、1996年から開催されるようになりました。
まだまだ最近の事なんですね。

こうしてだんだんとセントパトリックデーは世界で知られるようになるのですが、世界中でお祝いしてもらえるアイルランドって、すごいですね。

聖パトリックさんとはどんな人?

それにしても、ここまでアイルランドの人々に愛されている聖パトリックさんとは、一体どんな人だったのでしょうか?

彼に関しては色々な伝説が残されています。

有名なのが、聖パトリックがアイルランドの毒蛇ヘビに神の呪いを解いて、すべてのヘビをアイルランドから追い出したと言う話。だから現在でもアイルランドにはヘビがいないそうですよ。

そんなパトリックさんですが、 実は彼はアイルランド人ではありません。

出生の年や場所もはっきりとは分かっておらず色んな見解があるようですが、彼が生まれた時代は4世紀後半頃、当時ローマの支配下だったウェールズかスコットランド辺りで生まれたと言われています。

何しろ5世紀頃の話なので彼に関しての正確な記述がなく、彼の自叙伝である『Confessio』が唯一の手がかりのようです。

彼の本当の名前は多分Maewyn Succat。(ラテン語にしたらPatriciusとなり、後にPatrickとしてなじんだのではないかと言われてます。)

祖父はカトリックの司祭で父親は将校という裕福な家庭で育ちましたが、あの運命の日が来るまでは他の子と何ら変わりがない普通の子供だったそうです。

パトリックが16歳だったある日、たくさんの人たちと一緒にアイルランドの海賊たちに誘拐され、アイルランドで奴隷として売られてしまいました。

アイルランドのゲール族に売られた彼は羊飼いとして働かされ、その投獄生活の中で神に祈りを捧げることに多くの時間を費やすようになります。

そして6年ほどの月日が流れたある日、神様が夢の中に現れて言ったそうです。

「お前の為に船が海岸で待っているから、ここから脱出して家に帰りなさい。」

その通りに彼は無事脱出を果たし、家に戻る事が出来ました。
そしてその後フランスへ行き、修道院で12年間をキリスト教の学びに費やします。

彼が司祭となった頃、また夢を見ます。
アイルランド人が彼に、アイルランドに戻って来て神について語って欲しい、と頼む夢でした。

彼は再びアイルランドの地を踏む事を決意し、異教徒の多かったゲール族たちを相手に布教活動を始めます。

シャムロックを使って三位一体を説明したり、ケルト人の文化にも融合しながらキリストの教えを説き、何千人もの人たちが改宗しました。

王家の中でも改宗者が現れ、ケルト社会の宗教や政治を取り仕切っていた当時のドルイド(Druid)と呼ばれる人たちを敵に回した事もありました。

何度も逮捕されましたが毎回逃げおおせ、数十年かけてアイルランド全土に修道院や教会、学校を建てました。

そんなパトリックの功績が多くの人々に受け入れられていき、3月17日(正確な年は不明)に亡くなった後も伝説としてアイルランドの人々の中で語り継がれていきました。

それが現在のセントパトリックデーに繋がっていきます。

おわりに

いかがだったでしょうか?
何世紀にもわたって語り継がれ、今や世界中で祝われていると言う何ともスケールの大きな話です。

世界史は嫌いではないのですが民族、宗教、侵略などが複雑に絡むので、やっぱりちょっとややこしいですね。でも、少しでもセントパトリックデーについての理解が深まって、興味を持ってもらえたなら幸いです。

と言う事で、この記事もそろそろ閉めたいと思います。
楽しいセントパトリックデーをお過ごしくださいね!