雑草のように生きれば良いじゃん。私は雑草が好き。

雑草のように生きれば良いじゃん。私は雑草が好き。

私、今日は雑草について語ります。

今回で3度目のこぼりたつやさん (@tatsuya_kobori) の3000字チャレンジです!

私、この企画がすごく気に入ってしまいました。

画像や文字装飾なしで3000字以上書くという作業は実際にやってみると難しいですが、色んな発見もあります。しかもツイッター上でハッシュタグで同じテーマで書いた人たちのブログが見つかるなんて、すごく面白いアイディアだと思うんです。

「書きたいから書くのが最高のモチベーション」

まさに私のブログはそうやって生まれました。今でもその気持ちを忘れないようにしているので、共感しかありません。だから書く!

記事の内容はオーストラリアから外れる気は全くありませんが、こういう風にお題をもらって書くと、また書く切り口が違った文章になって面白いのではないかと勝手に思ってます。

 

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という事で、今回のテーマは#3000文字雑草 との事。

…雑草⁉︎

じゃあ、今からオーストラリアの雑草について語ります!

 

 

 

 

…なんて始めたらちょっと失笑されそうですね(笑)

ぶっちゃけそれでも普通に1000字くらいは書けそうですけど、そんな事を書いてもね…。

今までの #3000文字ハンバーグ#3000文字納豆と違って、これは抽象的なテーマではないかと。

今までだったらオーストラリアに絡めた体験を中心に書けば良かったのですが、これは私の主観的な考えを書かないといけなさそうな感じ。

まあ雑草と言えば、私は幼い頃から雑草が大好きだったんですよ。

手入れの行き届いた花や観葉植物も素敵ですが、そういう植物はむしったり刻んだりすると怒られるじゃないですか。

シロツメクサをつんで首飾りにしたり、そこら辺の葉っぱを切り刻んでおままごとの料理の具に見立てたり、雑草は私にとっては小さい頃から親しみのある存在でした。

今でもオーストラリアのブッシュをウォーキングしている時に、誰にも知られずひっそりときれいな花が咲いているのを見つけると何とも言えず愛おしくなります。

 

でも一般的に雑草という言葉は、どちらかというとマイナスなイメージですよね。そもそも雑草というのは、植えてもないのに勝手に出てくる草の事だそうです。

でも思いません?『植えてもないのにって勝手に』だなんて、めちゃくちゃ上から目線じゃないですか。もともとは人間の方が雑草が気持ちよく生えている場所に勝手に畑を作った癖に。

で、ふと雑草の対義語って何だろう?と思って調べてみたら、「雑草魂」なんていう言葉が出てきました。その対義語が「エリート意識」とか「温室育ち」とかではないかと。やっぱりそっち系ですよね〜。

踏まれて踏まれて、それでも起き上がるくらいの雑草魂?がある方が、人間らしくて良いのではないでしょうか。

人間は無菌状態の場所で暮らしたり大切にされ過ぎると、厳しい環境では生きていけなくなりますからね。「かわいい子には旅をさせろ」とは、よく言ったものです。

 

多分、私は生まれつき雑草だったんじゃないかと。親の理想には添えませんでしたからね。そりゃ、人生の途中までは付き合いましたけどね。

団塊世代の私の両親は “常識” とか “社会のレール” とか、そういう言葉が大好きで、死ぬ気で勉強を頑張って良い大学に入って良いところに就職したら良い人生が送れると本気で信じてました。

両親にしてみれば、小さい頃から手を焼いた娘がそこそこ良い所に就職して一安心。あとは公務員の人とでも結婚して家を継いでくれたら将来安泰と思ってたようですが、私はどうしてもそれが幸せだとは思えなかったんです。

と言っても私、良い子のふりをするのはわりと得意。本当は心の中ではあっかんべーでも、表向き良い顔をして長い物に巻かれるという世渡り術は両親から学んだのだと思います。どうせ自分の思い通りには出来ないと初めからあきらめていたんですね。

外面が良いお陰で上司にもかわいがられて、得した事もたくさんありました。でも心のどこかでは分かっていたんです、これは自分の人生じゃないと。

私がこの頃から旅行に夢中になったのは、おそらく周りを気にせずに自分の好きなように行動出来たからだと最近気付きました。何が幸いするか分からないですね。

世の中にワーキングホリデー制度というものがあると知った時、何故か分かりませんが絶対に絶対に行かないと一生後悔するという確信がありました。

もちろん周りは大反対。「普通の人はそんな事しない」らしいです。

オーストラリアに来てみて知ったのですが、この国にいる日本人は変わっている人が多いと言われます。“普通” の人は、仕事を辞めるリスクをとってまで海外に長期滞在しないから。

でも、私はその “普通とはちょっと違う変わった人たち” にたくさん助けられたんですよね。日本では恥ずかしくて誰にも打ち明けた事がなかった話も、彼らになら話そうかという気分になれて、話すとかなり楽になりました。

私がこんな気分になれたのも、きっと好きな事をやっているから良い意味で他人に興味がない、精神的に自立してる人が多いからではないかと。もしくは同類同士だったからなのでしょうか。

だから、私は雑草くらいでちょうど良いと思ってます。所詮「雑草」なんて人間が勝手に区別してるだけです。

海外に出ると思い知るのですよ。「日本の常識は海外では常識ではなかった」のだと。そして時にはズタズタになりながら、また立ち上がるのです。それくらいの雑草魂がなければ、海外では生きていけません。

でも、それはきっと日本でも同じ。雑草は強いです。

 

ついでに言うと、オーストラリア人のルーツも雑草と言えそうです。

かつて貧困の為にパンを盗んだら罪人にされて、オーストラリア大陸に島流しにされた人たちがオーストラリアという国の形成に関わって来たのです。

だから今でも19世紀のギャング、ネッド・ケリーが英雄扱いされて人気があるのです。別に弱い立場の人たちを助けたわけでもないらしいのですが、権力者だけを襲ったというのがウケたのです。

第二のオーストラリア国歌と言われる 「ワルチングマチルダ 」も、権力者に捕まるくらいなら自分から命を絶つぜ!という歌詞がオーストラリア人の反骨精神をよく現していると言われています。

伝統的なオーストラリア人は弱い方に同情する傾向があるようで、それは権力に対する反発心と雑草魂があったから。

そして、最近私はそんな囚人たちの歴史に興味があって、ずっと調べています。最近はある分野ではそこら辺のオーストラリア人よりも詳しくなってしまったようで。

学生時代は歴史や地理の授業が嫌いだったんですけどね。暗記授業だと思ってたし、現実味がなくて。

余談ですが、オーストラリア人ってオーストラリアが独立した年をサッと言える人は少ないそうです(1901年)。日本人なら平安京の年号まで言えるのに、ビックリです。

ほらね、この3000文字って絶妙な数字なんですよ。

今が大体2800文字。2000文字くらいならすぐに書けるのに、これが3000文字となるとめちゃくちゃ苦労したりします。でも、この苦労ラインが良いのだと思います。自分でも何が出るか分からない的な?

この企画自体が何を書いてもオッケーというのがまた雑草っぽくて良いですね!

という事で、最後の方はズルして文字数を稼いでぴったり3000文字!(笑)