オーストラリアの歴史が生んだスワッグマンに関する話

みなさん、スワッグマン (Swagman)って聞いた事がありますか?

オーストラリアの非公式国歌と言われる『ワルチングマチルダ』にも出て来ますし、しばしばオーストラリアの歴史に登場します。

でも、先日うちのオーストラリア人パートナーと話をしていて知ったのですが、彼はスワッグマンについてそんなに詳しく知らないし、オーストラリア人であまり詳細を知っている人はいないだろうとの事。ちょっと驚いたのでそれをツイートしたら、在豪歴が長い日本の人も知らない人が多かったです。

なので、改めてここでスワッグマンとはどんな人たちだったのか?そして、スワッグマンに関する有名なものは何があるのか、色々と集めてみました!

スワッグマンとは?

Elderly swagman 1901

スワッグマンというのは、スワッグと言われる荷物を背負って農場から農場へ仕事を探し求めてブッシュを歩く人たちの事で、Swaggie、Sundowner、Tussocker とも呼ばれます。

特に1860年代、1890年代のオーストラリアが不況だった時や、1930年代の世界大恐慌の時など経済が不安定な時期に多く見られたそうで、徒歩の他にヒッチハイクや貨物列車に乗り込む事もありましたが、寝床はたいてい焚き火の横の地面か木のむろや橋の下でした。

…まあ、要するにホームレスのようなものですね。

スワッグマンの多くは、1850年代のゴールドラッシュ時にヨーロッパやアジアから一獲千金を夢見てやって来た人たちで、年齢は十代から高齢者まで幅広く、中にはブッシュレンジャーとなり警察に追われていた人もいます。

農家で食料や宿泊場所と引き換えに短期の仕事をする事も多かった彼らは、羊毛産業に携わる機会も多かったそうですが、羊はシーズンによって仕事量の差が激しいので大変だったようです。

ですが、全ての人たちが働き者だったわけではないのは、いつの時代も同じようです。日が沈んで働くには遅過ぎる時間になってから農場に到着し、夕食だけ食べたら次の日の仕事が始まる前に姿を消す人もいたそうで、そういう人はサンダウナー (Sundowners) と呼ばれました。

スワッグマン定番スタイルや持ち物

Travelling in the back blocks – circa 1900 by Aussie~mobs

そんなスワッグマンたちの定番アイテムと言えば、まず目をひくのがスワッグと呼ばれる毛布です。その巻かれたスワッグの中にはわずかな自分の所持品が入っていて、これを背負って移動していました。

と言ってもあまり多くは運べないので、持っているのはビリーというお茶を沸かす缶タッカーバッグ (食料袋) に少しばかりの食べ物、調理器具くらいです。

そして、多くの人が、ハエよけのコルクの付いた帽子 (Corked Hat) を被っていました。

ハエよけのコルクハット

“コルクハット” は帽子のツバにコルクの付いたヒモが複数ぶら下がっている帽子です。ハエが来たら頭を振り、コルクでハエを追い払えるようになってます。

この帽子、ケアンズ周辺のお土産屋さんではよく見掛けましたが、シドニーやメルボルンでは一切見ません。でも、ケアンズもハエは多いと言っても帽子をかぶる必要があるほどではなく、実際に頭からかぶるハエ取りネットを買わないとしんどいくらいの量のハエが飛んでいるのは、ウルルなどのアウトバックですね。

オーストラリア人は口にハエが入らないように、あまり口を開かずにしゃべるなんていう話もありますからねえ。

ちなみに、アウトバック (Outback) というのは人があまりいない田舎、もしくは誰も住んでいない地域の事で、オーストラリア内陸部に広がる砂漠地帯を指す事も多いです。ブッシュ(Bush) もだいたい同じような意味で使われます。

ビリーという缶

“Some Billy Tea after a hard morning ride” by Johan Larsson 1 May 2006

そして、ビリー (Billy) と呼ばれるお茶を沸かす缶もスワッグマンの必須アイテムで、これは食べ終わった缶詰にワイヤーの取手を付けた簡素なものでした。

現在ではキャンプで使う湯沸かし用の入れ物をビリーと呼ぶ事もありますが、これがもともとの元祖です。

語源については諸説あり、アボリジニーの言葉である Billabong (流れのない水たまり)と関係があるのではないかとか、単に相棒のような感じで別に意味はないのではないかとか色々言われますが、『ビリーティー』というお茶を売っているメーカーによると、1851年のゴールドラッシュ時に坑夫たちが食べていたフランスの “Bouilli” という牛肉スープの缶詰の空き缶で作ったからでは、という事でした。

『ビリーティー』は味が濃厚でおいしいですよ

タッカーバッグにダンパーの材料

それからタッカーバッグ。タッカー (Tucker) というのはオージースラングで食料の事なので、つまりタッカーバッグというのは食料を入れる袋の事です。

この中には少しばかりの調理器具と、焚き火で焼く無発酵のパンであるダンパー (Damper) の材料になる小麦粉や、時々シチューを作るための肉が入っていたそう。

ダンパーはアウトバックの食事として知られていて、ビリーティーとセットで語られる事も多いです。

今日ではキャンプで作ったり、ごく稀にカフェのメニューにあったりします。

背中のスワッグ

現在のスワッグは、オーストラリアのキャンプで使用される寝袋とテントの中間のような寝具を指し、アウトバックの星を見ながら寝る時に大活躍ですが、もともとはスワッグマンが背負っていた毛布 (マットレス) の事でした。

ちなみに『ワルチングマチルダ』の “マチルダ” も当時のスワッグと同じ意味です。

スワッグという言葉は、1800年代初頭のイギリスでは泥棒が盗んだ戦利品を指す言葉だったものが、1830年代頃のオーストラリアでは日用品という意味に変化して、1850年代のゴールドラッシュの時に “スワッグマン” という言葉が使われ始めました。

スワガー (Swagger) とも呼ばれてもいましたが、これは1890年代には死語になっていたようです。

さて、ゴールドラッシュで人口が増え、スワッグマンたちが現れた19世紀、人々はナショナリズムが芽生え始め、スワッグマンは多くの詩や文学に登場するようになりました。

多くの詩や文学に出てくるスワッグマン

“A quirky set of Australian postcards – 1970s I think.” by Aussie~mobs

1788年にイギリスの植民として流刑地となったオーストラリアは、白人社会の間でも権力を持っているスクォター (Squatters) と力の弱いセレクター (Selectors) に分かれ、セレクターは理不尽に虐げられる事も多かったと言います。

1895年にバンジョー・パターソン (Banjo Paterson 1864−1941) によって書かれた「ワルチングマチルダ」の詩は、そんな権力には屈しないという気持ちが強く現れていて、この曲は今日も非公式国歌と言われるほど人気があります。

“Once a jolly swagman camped by a billabong”

陽気なスワッグマンがビラボン (湖) でキャンプするところから始まりますが、最後は「警察に捕まるくらいなら自分から身投げしてやる!」と湖に飛び込み、命を落としてしまうという内容です。

こうしてスワッグマンは、オーストラリアの反権威主義、平等精神の象徴となっていきました。昔ながらのオーストラリア人が弱者に優しいと言われるのは、こういう歴史が関係していると言われています。

 

スワッグマンに関する作品

さて、そう言った歴史を踏まえて、ここからはスワッグマンに関する作品や人物を紹介していきますので、興味がある人は調べてみてください。昔の作品なので著作権が切れていてネット上でも読めるものもたくさんあります。

情報収集は主に Swagman (Wikipedia) を参考にしました。

ヘンリー・ローソン

ヘンリー・ローソン (Henry Lawson 1867 – 1922) は、バンジョー・パターソンと共に植民地時代を代表する作家で詩人です。『Out Back (1893)』という詩が有名です。

ここから読めます↓

ショー・ネイルソン

ジョン・ショー・ネイルソン (John Shaw Neilson 1914-1938) は、人生のほとんどを労働者として過ごした詩人で、最低限の教育しか受けていませんが、自然界とその美しさについて表現するオーストラリア最高の叙情詩人のひとりとして知られています。『Sundowner (1908)』などが知られています。

バーバラ・ベイントン

バーバラ・ベイントン (Barbara Baynton 1857 – 1929) は、ブッシュの生活を書いた短編小説を集めた『Bush Studies (1902)』などを書いた女流作家で、『The Chosen Vessel (1896)』はそれまで主流だったロマンチックなテイストとは対照的な事件を題材にした話でした。

ローランド・ロビンソン

ローランド・ロビンソン (Roland Robinson 1912 – 1992) は詩人で、1930年代と1940年代にオーストラリア独特の文化に貢献しようという Jindyworobak Movement のメンバーとして原住民の神話を集めていました。

ドナルド・スチュアート

ドナルド・スチュアート (Donald Stuart 1913 – 1983) は14歳の時にスワッグマンとなり、彼の多くの小説は西オーストラリア州のスワッグマンや原住民たちの生活について触れています。

ジョセフ・ジェンキンス

ジョセフ・ジェンキンス (Joseph Jenkins 1818–1898) は1869年から1894年にかけてビクトリア州を旅し、詩を通して経験を記録しています。

R.M. ウィリアム

現在、オーストラリアテイストの衣類や履き物を販売するブッシュウェアの会社の創設者 R.M. ウィリアム (R.M. Williams 1908 – 2003) は、十代後半にナラボー平原をスワッグマンとして旅をし、その際に原住民からブッシュクラフトを始め、植物の刈り取り方、カンガルーの追跡の仕方、水の見つけ方などのサバイバルスキルを教わった事でも知られています。

その他、絵画や無声映画の題材としてもスワッグマンは人気がありました。

ちなみに、私のお気に入りのスワッグマンの置物↑は、シドニーのウィルバーホースにある『The Australian Pioneer Village』で買いました。ほら、ビリーティー作ったり金を採掘しようとしてたりしてるでしょ。

おわりに

スワッグマンとその時代背景、いかがだったでしょうか。

オーストラリアの歴史は悪いところ以外は本当に知名度がありませんが、少し知ると親近感が湧いて来ませんか?