母の日には白い菊の花を

母の日には白い菊の花を

先週の日曜日、5月13日は母の日でした。

オーストラリアの父の日は日本と日付けが違いますが、母の日は同じ5月の第2日曜日なんです。

 

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オーストラリアはカーネーションではない

「ねえ、本当に何も用意しなくて良いの?」

「大丈夫だよ。高いレストランで食事するんだから、それで充分だって。」

母の日には花やチョコレートがよく売れるらしいですが、今年は買い物に行きそびれてしまって何も準備出来ませんでした。
でもパートナーのお母さん、つまり義母にはすごくお世話になってるので手ぶらでは何となく申し訳ないような気がしました。

もちろん手ぶらでも何か言うような人ではないし、パートナーも何もあげなくて良いなんて言ってましたけど、やっぱり何か感謝の気持ちを贈りたいと思いました。

「じゃあ母の日ランチの前に、どこか寄って花かチョコレート買っても良い?」

「うーん、Mumが今更花とかで喜ぶとは思わないけどね。何もなくて良いと思うよ。」

えー本当に??
ファーム育ちの彼女は植物が好きなんだなあって一緒に旅行に行った時思ったけどなあ。私はいくつになっても女性は花をもらったら嬉しいと思うんだけどなあ。

待ち合わせのレストランに早く着きそうだった私たちの車。
いつも遅れる彼が早めに到着するなんて滅多にないので「珍しい〜!雨が降るんじゃない?」とからかったら、その後本当に雨が降りました(笑)

そして運の良い事に、ちょうど待ち合わせのレストランの近くの道路沿いに “母の日の花売ってます” という大きな看板が見えたので寄ってもらいました。

その小さなお花屋さんの店頭に並べられている花を見ると、全部白か紫の菊の花ばっかり!

日本だと母の日に菊なんて縁起が悪くて怒られそうですが、こっちでは入院見舞いに菊の花を持って来られてびっくりしたという日本人の笑い話も聞いた事があるし、まあ有りなんだろうなーと思って白い菊を選びました。

白を選んだのは、その方が彼女のイメージに近かったからです(2択だし)。

「Happy Mother‘s Day!」と義母に渡すと「ああ、そうか!そう言えば白い菊は母の日の花だもんね!ありがとう!」と言う返事。

えっ、白い菊が母の日の花なんだ?
私はとっさに笑顔を作ったのですが、その時菊が母の日の花という事を初めて知りました。

それにしてもお義母さんは、初めて白い菊をもらったような反応でしたが、2人の息子は母の日に花を贈った事があるんでしょうか。
少なくともうちのパートナーは昔「花はすぐ枯れるから買いたくない。」と言ってたので多分ないだろうな。もう。

あとで調べてみると、オーストラリアでは母の日に白い菊を送るのが伝統なんだそうです。
ああ、適当に選んだけど当たってて良かった。



なぜ白い菊?

でも何故白い菊なのかって気になりますよね?

5月、南半球のオーストラリアは秋です。そんな季節にちょうど開花時期を迎えるのが菊の花だからだそうです。そう言えば今年の母の日もとても寒い日でした。

そして菊は英語でChrysanthemumsですが、よく略してMumsと呼ばれる事があり、Mum(お母さん)とかけてるんですね。

でも実際は別に菊ではなくても他の白い花でも良いし、むしろ白にこだわる必要はないようです。
花ではなくてもチョコレートとかマッサージ券とか、お母さんが喜びそうな物なら何でもオッケー。
やっぱりうちのようにレストランで食事が多いですかね。
Breakfast on the bed と言って、朝ベットで子供が作った朝食を取るのも人気らしいですよ。

ちなみに菊の花言葉はハッピネス、愛、長寿、喜び。
その中でも赤は愛と感謝を、ピンクは正直な愛を、黄は忘れられた愛や悲しみ、白は忠誠心と献身的な愛、紫は早い回復を(Get well soon)という意味があるそうです。

あ…紫にしなくて良かった。
でも赤い菊なんて、日本ではイメージないですよね?

同じ菊でも菊に見えないタイプの菊もあるし、Pom Pom Chrysanthemumsという種類の菊は小さくてかわいいです。

でもこの母の日、いつから祝われるようになったのでしょうか?
実は、起源はアメリカです。

最初の母の日は、1908年5月のウエストバージニア州の教会で行われたアン・リーヴス・ジャービス(An Reeves Jarvis)の追悼式でした。

彼女はアメリカ南北戦争戦争 (American Civil War 1861− 1865年) 中に負傷兵を介抱し、公衆衛生上の問題に取り組む為に “母の日ワーククラブ” を創設した平和活動家だったのですが、1905年に亡くなり、娘のアンナ・マリー・ジャービス(Anna Marie Jarvis)が生前の母の意思を受け継ぎたいと、 “母の日” を作りました。

そして娘の尽力の甲斐あって、1914年に正式にアメリカの祝日として導入されることになったのです。
そこから母の日は、国によって日付や習慣は異なりますが世界中に広がっていきます。

初めて日本で行われた母の日は1913年。
青山学院の女性宣教師にアンナのメッセージが届き、礼拝が行われたのが一番最初だったそうです。(定着するのはもっと先だったようですが。)

白いカーネーションは、アンナが生前母親が好きだった白いカーネーションを祭壇に捧げたのが始まりだと言われています。
アンナが捧げたカーネーションが白だったので、白いカーネーションは亡くなった母親へ、赤いカーネーションは健在の母親へ贈られるようになりました。

でもじゃあ何故オーストラリアの菊の花は白なんでしょうか?
実は、これには別の理由があります。

オーストラリアで母の日が祝われるようになったのは1924年からですが、そのきっかけはジャネット・ハイデン (Janet Heyden) という女性の活動でした。

シドニーのライカート在住だったジャネット・ハイデンは、シドニーのNewington State Hospitalの友人を定期的に訪ねていたのですが、そこで多くの孤独な歳とった女性たちと出会います。

彼女はこの年老いた女性たちを元気づける為にプレゼントを贈りたいと考え、町で寄付を募るキャンペーンを始めました。

新聞などで呼びかけたり、お菓子メーカー、有力企業、シドニーフルーツマーケットなどの協力も得て石鹸やニットのスカーフや1トン近い寄付が集まりました。
また彼女はたくさんの学校を訪問して、生徒たちにも協力をお願いしています。
彼女の病院への訪問は1960年に彼女が亡くなるまで続いたそうです。

毎年定期的に行われる彼女の活動は地元の企業や市長に支持され、次第に商業化されていきました。

彼女は、母の日に対する商業主義と本来の意味の喪失に失望していたそうですが、ともかく母の日は毎年オーストラリア全体で祝われる事となったのです。

日付はアメリカにならって5月の第2日曜日としましたが、秋のオーストラリアではその時期に咲き頃を迎える菊の花が母の日の花となりました。
男性は襟元に菊の花を刺して、母親に敬意を表したりするそうです。

だから花言葉が “忠誠心と献身的な愛” という意味を持つ白い菊が選ばれたんですね。

母の日ランチ

ところで、今年の母の日のランチはシャンパンから始まりました。
母の日の特別コースだったようです。
車の運転があるので飲酒したくない2人の息子に為に、義母と私が2杯分飲みました(笑)

まず最初にウエイトレスさんのコース説明。
前菜はズッキーニフラワーとサーモンで、メインはラムステーキでしたが、私はラムが苦手なのでスナッパー(鯛)に変えてもらって、デザートはチョコレートかレモンを選ぶとの事でした。

「えっと、何の花だっけ?」メニュー説明の後、唐突に私のパートナーが言うので、
「えっ、ズッキーニフラワーの事??」と言ってしまった私。

「あはは違うよ、そのお母さんにあげた花の事だよ!」

「これは菊よ、菊!母の日の花なのよ!」と説明している義母を見て、これは絶対今まで母の日に菊の花をあげた事はないな、と確信。
毎年食事会はしますけど、こういう事に疎いんですよねボーイズは。

ちなみにこれが前菜のズッキーニフラワーです。
中にチーズが入っておいしかったです!

サーモンのカルパッチョみたいなやつもおいしかったんですが、ゆずみたいなジャムがのっていて、私はこのセンスが未だに理解出来ないんですよね(^_^;)
でもパートナーは「サーモンのソースすごいおいしいね!」と大絶賛でした。

あんまりパチパチ写真を撮るのもどうかと思ったのでメイン料理は撮ってないのですが、ラムもスナッパーも見栄えが良くて立派でした。

デザートが来た時パートナーが「写真撮らなくて良いの?」と聞くので「じゃあ。」と撮りました。

そのデザートはこれ。

私はレモンを選びましたが、メレンゲとフワフワケーキがかわいい。
味もおいしくて量もちょうど良かったです。

チョコレートプレートの横にあるのはアイスクリームです。
少し味見させてもらいましたがチョコが濃厚でおいしかったです。
でもすごく甘かったので、そっちを選んでたら全部食べるのきつかったかも。

おわりに

うちの母の日は毎年こんな感じです。

ちなみにオーストラリアの父の日は9月の第1日曜日ですよ!
母の日と違って日本とは月が違うので、日本のお父さんにお祝いをしたい場合はこんがらがらないようにお気を付けくださいね〜!