国立公園のブッシュウォークが歴史散策に

国立公園のブッシュウォークが歴史散策に

26日のボクシングデーの日、毎年シドニーハーバーからスタートするSydney to Hobart ヨットレースを見物しようとモスマンのシドニーハーバー国立公園にやって来て、ひとまずヨットが観れたので安心。
それからクリフトンガーデンズでコーヒーを飲んでひと休み。

前回のヨットレースを観た記事はこちらです。
シドニーハーバー国立公園でヨットレース見物

ここから歴史散策がスタート

コーヒーを飲みながら地図が載っている看板をチェック。
うーん、見る所がたくさんありそうですね!

ずーっと歩いてみると、レストランの脇に階段があったので上がってみました。
かなり古そうな建物です。

上に上がって車道に出た所でBungaree’s Walk Wayの看板と上に続く階段が。


この看板によると、この先のジョージズハイツ(Georges Heights)という所は、かつてバンガリーというアボリジニに任されたファームがあった場所で、彼は1815年にマッコーリ知事によって任命されたそうです。
バンガリーはシドニー初期と植民地時代、ブロークンベイ族の長であり重要人物と知られ、白人にもフレンドリーで英語にも理解がある人だっだようですが、結局はその農場の試みは成功せずに1821年にはほとんど放棄されています。
もしかしたらチャウダーベイからジョージズハイツまでの道はかつてバンガリーのファームにつづく道だったかもしれません、との事。
いきなり歴史ウォークになってしまいました。


とりあえずここにある無料歴史ウォーキングの地図をゲット。そして階段を上ってみます。

上がった所すぐ右手にGunner‘s Barracksが。
一瞬レストランっぽかったので通り過ぎようとしましたが、よく見るとさっきもらった地図に載っていた歴史的建造物。

1873年に植民地時代の建築家James Barnetによって設計されたこのサンドストーンの建物は、隣接するジョージズヘッド(A84)バッテリーを操作する砲兵の兵舎として使用されました。
それらは7番目の高い壁によって保護されていて、銃弾が発射出来る穴もあります。
この軍事的建物はシドニーでは最後の完全石造りの建物となりました。(パンフレットより)

今この建物はおしゃれ〜なTea Roomとして利用されてるみたいです。
http://www.gunnersbarracks.com.au
ウェブサイトを見る限り、中はかなり素敵♡な感じ。

そしてGeroges Head (A84) Battery がここ。

2007年にルックアウトとセレモニースペースとしてオープンするまでは、白いレンガ造りの役員宿舎が建っていたそうです。
このGeroges Headはシドニー湾を270度見渡す事が出来、断崖65m上にある事から、戦時中は要塞として理想的な場所でした。

(A84) Batteryは1871年に造られ、地下にも繋がっていたらしいです。
1950年になると女性国立オーストラリア兵団(WRAAC)がここを引き継ぎ、70年代には穴を金魚の池として使われた事もあるのだとか。

先ほどのんびりとコーヒーを飲んだChowder Bayの建物も、元々は1890年代初頭に潜水艦隊の複合施設として建てられて、その後軍隊が解散した1922年以降も軍事的な技術者が使っていたり海軍兵の学校として使われていたそうです。どうりで古そうな建物の訳ですね。

毎月最初の日曜にTunnel & Gunners の2つの要塞に行くツアーも敢行されているみたいですよ。

 そしてここで
➡︎Balmoral Beach
⬆︎Chowder Bay
というサインが。

今日はバルモラルビーチに行く予定はなく、チャウダーベイも今行って来たばかり。
という事で、どちらにも進みません。
目指すはGeroges Heights

Geroges Heights

どうやらここがそうみたいです。
閑散としていますが、観光客らしい人たちが結構歩いていました。
26日の祝日だからきっと静かだったんでしょうね。
この地域は旧軍事施設でかつては艦隊の本拠地だったらしいのですが、今はアートスタジオやフィットネス、コテージなどに使われているようです。

しばらく歩くと芝生のキレイな競技場があって、あ、トイレはここで行けば良いんだな、とか思いながらぼーと歩いていたら終わっちゃいました(笑)あれっ?

とりあえずもう一度引き返してよく地図を見てみます。

ああ、ありました、ありました!小さい看板が出ています。
WW1 Hospital(1916 − 1921)
第一次世界大戦中に21番目の補助病院として使われてた建物で、6ヵ月以内の海外復帰が難しい負傷者がこの病院に集められてたそうです。
言われないとそんなに古い建物とも病院とも思わないですね。

そしてこれがGunshot Alley。
このそれぞれ6つに分かれているテラスハウスは1890年代後半に建設され、元々は外婚者の潜水艦隊が使ってましたが、後に戦争シミュレーションセンターのオフィスとして改装されたらしいです。
私が行った時は全部閉まってましたが、ギャラリーらしい部屋も見えました。

それからWRACCの建物。
WRACCとは、Women’s Royal Australian Army Corpsの事で、さっきとりあえず “女性国立オーストラリア兵団” と無理やり日本語にしましたが、もう少ししっくりくる訳がないですかね…(^_^;)

女性が1970年に一般軍として採用されるようになるまでは、WRAACとして徴兵されました。
ビクトリアからジョージズハイツに本部を移して、ここのH型の建物を宿泊施設を備えた訓練学校として運営し、隊が解散された1984年まで使われていたそうです。

ここかな??

うーん、こまめに案内が出ててここら辺一帯すごく整備されている印象ですが、地図がちょっと分かりにくいっ。まあこんな所で…。


詳しいインフォメーションは、英語ですがこのサイトでも見れると思います。
自分のメモ的な意味も含めてリンクを貼っておきます。
http://www.harbourtrust.gov.au/home

ほとんど戦争の歴史の話ばかりになりました。
しかも第二次ではなくて一次が主なのですごく昔にさかのぼりますよね。

朝11時過ぎから歩きっぱなしで、この時午後3時20分。
そろそろ足が疲れてきたので帰路に着く時間かもしれません。

こちらへ続きます。
超高級住宅街モスマンは自然も多い地域だった