ここ数年、オーストラリアではクラフトビールブームが加速し、ブリュワリー巡りはひとつの趣味として定着しつつあります。
私も今までブログやSNSで多くのブリュワリー事情について発信して来ましたが、そんな中、「これほどシドニーのブリュワリー事情に詳しい日本人がいるなんて!」と驚いたのが、昨年インスタグラムを通じて知り合ったToshizoさんです。
彼のビール熱は、傍から見ていても感心するほどで、シドニーにあるブリュワリーの閉店情報から新規オープン情報まで、在住者よりも詳しく把握している人でした。しかも当時は、まだ仕事でシドニーに来てまだ数ヶ月!
現在は1年の任期を終え、5月初めに日本へ帰国してしまったのですが、その前にその情熱はどこから来るのか、ビールの魅力やオーストラリアのブリュワリーについてなど、じっくりお話を聞かせてもらう機会をいただきました。
9000文字超のボリュームですが、ビールを飲まない人にとっても、彼の話はきっと響く何かがあるはず。ぜひ最後まで読んでみてください!
Toshizoさんのクラフトビールとブリュワリー愛に迫る
「ビールが好きというよりも、ビールを取り巻くコミュニティが好きなんです」
その言葉聞いた時、少し意外に感じました。
Toshizoさんは、豊富な経験や知識ががあり、自分の好みのビールもしっかり把握している研究熱心な人。でも、その根底にあるのは「人」だというのです。
初めて彼に会った時、友人にプレゼンするために自作したという、オーストラリアのビール事情を詳しくまとめたパワーポイントを見せてくれたのを思い出します。それは、個人の趣味の範囲とは思えない完成度で、「これは趣味でとどめておくにはもったいない」と思ったほどの出来栄えでした。
Toshizoさんがシドニーに来たのは、会社の海外プログラムに応募したことがきっかけだそうです。希望を出した時点では、まだどこの国に配属されるか分からなかったものの、偶然にもクラフトビールが熱いオーストラリアが選ばれました。
2024年の5月初頭にシドニーに到着してから、この1年近くで彼はおよそ150軒ものブリュワリーを訪問。まるでスタンプラリーのように各地のブリュワリーを巡る一方で、行きつけのお気に入りブリュワリーも大切にしているそうです。
では、そんな Toshizoさんが語る「ビールを取り巻くコミュニティ」とは、どんなものなのでしょうか。それこそが、彼がクラフトビールの世界にハマったきっかけでもあるのです。
ビールが繋ぐコミュニティ
「もともとはニューワールド系のワインをよく飲んでいたんです。でもワインの瓶って大きいじゃないですか。それでコスパを考えた結果、ビールを多く飲むようになったのが最初でした」
オーストラリアには数多くのワイナリーが点在し、安くておいしいワインもたくさんあります。なので、せっかくだからワインを味わってみたいと思うものの、最初は難しく感じるかもしれません。というのも、例えばただ赤ワインが飲みたいと思っても種類[…]
スコットランドのクラフトブリュワリー『ブリュードッグ (BrewDog)』のパンクIPAを飲んだことでIPAのおいしさに目覚め、そこから海外のビールに夢中に。ベルギービールに傾倒していた時期もあったそうです。
※ BrewDog は、オーストラリアでもブリスベン、シドニー、メルボルンに展開しています。
そんな頃、東京で燻製のおつまみと一緒にアメリカの輸入ビールやウイスキーを出してくれるお店と出会い、頻繁に通うようになりました。
ある日、そのお店がクラウドファウンディングでクラフトビールをつくるという話が持ち上がり、Toshizoさんも参加。見事目標は達成され、最初に完成したビールを飲むという特典を得ることができました。
その時に飲んだ、モルト (麦芽) を燻製してスモーキーな香りや風味を加えたスモークIPAに衝撃を受け、クラフトビールの面白さに目覚めたのが2018年頃です。
お店は他所で作られたゲストビールも取り扱っていたので、自然と色んなビールを試すようになりました。
そんなある晩、おいしいゲストビールを飲んでいたら、隣に座ったお客さんが「このビールをつくっているブリュワリーが六本木にあるよ」と教えてくれます。そのブリュワリーは職場から近かったこともあり、通ううちにスタッフとも自然に親しくなって言ったそうです。
「日本のブリュワリーは、ビールの作り手との距離が近いんです。基本的に規模が小さいので、ビールを作っている人がそのまま接客をしていることが多く、直接ビールの話が聞けるのが魅力でした。
それに、これは日本に限らないのですが、ビールの作り手同士ってよく情報交換したり、コラボしたりしますよね。ワインや蒸留酒の世界では、そういう交流があまり見られないので、そこも面白いと思います」
確かにオーストラリアでも国内外問わず、日本・イギリス・アメリカなど世界のブリュワリーとコラボビールをつくっていることがよくあります。
このようにして Toshizoさんは、ビアバーやブリュワリーの常連としてさまざまなビールに触れ、知識も深まっていきました。そして馴染みのお店が増えるとともに自然と人との繋がりも広がり、今でも仲良くしている人がたくさんいるそうです。(私がこうして Toshizoさんと出会い、この記事を書かせてもらっているのも、そんなビールの縁ですよね)
やがて、ある程度ブリュワリーを巡るうちに「もっと網羅したい」という気持ちが芽生え、東京を中心にリストアップして訪れるようになりました。地方のブリュワリーも旅行や出張ついでに立ち寄るように。
遠出して初めてのブリュワリーを訪れた後は、いつもの行きつけのビアバーに立ち寄り、その日の報告をする。そんな流れが、いつの間にか定番になっていたそうです。
「ブリュワリーはビールがメインで行くので、スタッフが無愛想でも気にならないんです。でも、ビアバーは違います。そこではビールを醸造していないので、人に会いに行くんです。そういう意味で、クラフトビールは人が大事だと思っています」
Toshizoさんは、ビアバーはオーストラリアで言う「パブ」に近いと言いますが、そう考えると、日本とオーストラリアでは逆だなと感じました。オーストラリアのパブでは定番のビールを提供するだけの事務的な接客が目立つことがある一方で、ブリュワリーではスタッフがとてもフレンドリーなことが多いですからです。もちろん、それぞれの背景にはお店の規模感や様々な要因があるのでしょうが、面白い違いだと思います。
そんな Toshizoさんの目には、オーストラリアのブリュワリーはどのように映っているのでしょうか。
オーストラリアと日本のブリュワリー
「オーストラリアのブリュワリーは、建物の規模が大きく、供給量も多いです。それに、遠方からの来客というより、地元の人に根ざした場所が多い印象を受けます」
どういうことかと言うと、オーストラリアのブリュワリーは、置いているビールの種類が幅広く、ラガーやペールエール、IPA、スタウト、サワー系まで、一通り揃っているので、どんな人にも対応出来て、あちこち巡らなくても1軒で満足できてしまうところが多いということでした。
「日本の場合、地方ならそういうところもありますが、東京のような都市部では、特色を出さないと淘汰されてしまうんです。何しろ、東京だけでも100軒以上あるんですから。
もちろんオーストラリアにも、専門性のあるブリュワリーは存在します。シドニーで言えば、『Wildflower Brewing』はサワービールやワイルドエールがメインですし、『Future Brewing』はヘイジーIPAのビールに特化してます。『One Drop』も個性的なビールで知られてますよね」
この話を聞いて、私は「あっ‼︎」と思いました。
私はどちらかというと、ビールそのものよりも、ブリュワリーの背景にある地域性や歴史、缶のデザイン、そして実際に足を運ぶ楽しさに魅力を感じるタイプです。だから正直、「ビール自体はどこもそんなに変わらない」と思っていたのですが、初めてハマって通い詰めたのが、まさに『One Drop』でした。そして、次に気に入ったのが『Future Brewing』。
少し不便な場所にあっても、わざわざ訪れたくなる魅力があったのは、やはりその個性に心を惹かれていたからなのだと、改めて気づかされました。
シドニー中心部から約11km南の郊外ボタ […]…
地元の人でなければ見付けられないようなひ […]…
「オーストラリアのビールは、気候のせいなのか、軽くてあっさりしたタイプが多いのが魅力かもしれません。ラガーやペールエール、XPA (エクストラペールエール) ですら軽い印象で、初めて飲んだ時は「薄くて味気ないな」と思ってしまったんです。あの人気のあるボルターのXPAだったんですが。
でも、だんだん慣れてきたらその軽さが癖になってきて、今はおいしいと思います。
ビールの価格についても、近年は高くなったと言われていますが、クラフトビールに限って言えば、日本とそれほど変わらないですね」
ずっとオーストラリアに住んでいる私にとっては、逆にその視点は新鮮で、なるほどと思わされました。
こんな話を聞いていると、Toshizoさんのお気に入りのビールやブリュワリーが気になってきませんか?
でも、その話を始めるとマニアックになりがち、かつ長くなってしまう可能性が大なので (笑)、先にこれからオーストラリアに来る人たちへのメッセージと今後の Toshizoさんの夢や目標を聞いてみたいと思います。
その後で、人一倍多くのブリュワリーを巡り、数々のビールを味わってきたToshizoさんだからこそ知っている、おすすめブリュワリーやとっておきの情報をたっぷり紹介します!どうぞ最後まで読んでくださいね。
これからオーストラリアに来る人に伝えたいこと
「これからオーストラリアを訪れる旅行者や短期滞在者に伝えたいのは、ぜひシティだけでなく郊外にも足を運んでみてほしいということです。
シドニーの中心部は雑誌で見るようなキラキラした世界ですが、ローカルなエリアにバスで出掛けてみたり、地元の人たちと触れ合ったりすることで、オーストラリアの本当の魅力が見えてくると思います。
州にもよるかもしれませんが、オーストラリアはアメリカやヨーロッパと比べても断然治安が良いので、出掛けないともったいないですよ。最初は、マンリー行きのバスに乗るのも怖かったですが、すぐに慣れました」
ブリュワリーを目的地に、公共交通機関を使って普段観光客が訪れないようなローカルエリアにも足を運び、その土地のブリュワリースタッフやお客さんと交流しているToshizoさんの言葉には、そんな体験からにじみでる説得力があります。時には、たった一杯のビールのためにはるばるシドニーから何時間もかけて訪問したこともありました。
電車よりも景色がよく見えるバスの方が好きという Toshizoさん。かつて仕事で訪れていたアメリカのサンフランシスコでの経験と比べても、オーストラリアは圧倒的に治安が良いと感じているそうです。
「シドニーは治安が良いですし、フレンドリーな人が多くて居心地が良いですね。
ヨーロッパではあまり「Sorry」を気軽には言わない印象ですが、オーストラリアでは誰もが自然に言っていると感じました。日本人に対してもちゃんと理解がある印象で、例えばアジア人とひとまとめにするのではなく、日本人、韓国人、中国人と違いを認識してくれていると感じます。
それに、オフを楽しんでいる人が多く、時間がゆっくり進む感覚です。シドニーは人が多いと言っても、東京と比べたら少ないので、息苦しさがありません。人気観光地のロックスでさえ、そんなに人が多くないと感じます。ただ、ブリスベンやキャンベラなどに行った後にシドニーに戻ってくると、人の多さは感じますね。だから日本に帰った時が心配です (笑)」
将来の夢や目標
「日本でもっとビールやブリュワリーを紹介して、ビールファンを増やしていきたいという思いはあります。
例えば、日本でブリュワリーを案内するガイドツアーのようなものをやったら面白いかもしれませんし、いつかビールに関わるお店を開いてみたいという夢もあります。ただ、まだ先のことは何も分かりません。
そもそも今現在はクラフトビールがブームですが、増え過ぎて供給過多になってきている印象です。かつて地ビールが流行して一時的に廃れたように、将来どうなるかは分かりません。でも、ビール自体はなくなることはないと思っています。
基本的にワインも好きですし、この先ウイスキーやジンにハマる可能性もゼロではありません。でも一通り試してきた中で、今のところビールを超えるものはないと思っています。コスパの面でも、やっぱりビールがいちばん経済的ですし。
とにかく、当面は SNS や YouTube を活用して、ワーキングホリデーや海外赴任でオーストラリアに来る人たちに向けて、自分が訪れたお店の紹介していくつもりです。そのために新しく専用アカウントも立ち上げました。オーストラリアのネタが出尽くしたら、今度は日本の情報に切り替えていく予定です。」
ということなので、Toshizoさんの SNS や Youtube は、下のリンクからチェック出来ます。気になる人はぜひフォローしてみてくださいね。
では、いよいよお気に入りのビールやブリュワリーについて聞いてみましょう。
Toshizoさんが選ぶオーストラリアのビールとブリュワリー
ー Toshizoさんの好きなビールの種類は何ですか?
最近はモルト寄りのビールが好きですね。
※ モルト=麦芽。ビールの甘みや国を左右する主成分のlひとつ。
モルト寄りというのは、麦芽の風味がしっかり感じられるタイプで、ビター、アンバー、レッドエール、スコッチエール、ブラウンエールなどがそれに当たります。これがホップ寄りになると、香りが華やかでフルーティな味わいになるんですよ。
ちなみに、ビクトリアビター (VB) は名前に「ビター」とついていますが、実はラガーなんで違います(笑)
先ほども言いましたが、ビールにハマったきっかけはIPAです。今となってはそこまで苦くないと感じますが、初めてIPAを飲んだ時は、その苦さに衝撃を受けて、それ以来すっかりハマりました。その後、ヘイジーIPAが登場してまた少しハマって、さらにサワービールの酸っぱい味にも惹かれるようになりました。特にサワービールは、今でも好きなジャンルのひとつです。
でも、人生でいちばんおいしいと思っているのは、赤ワインの樽で熟成させたスイスのサワービールですね。
ー やっぱり通好みのビールがお好きなんですね。じゃあ、こういう甘い系のビールはどうですか?(ちょうど私が、ワンドロップの赤くて甘い個性的なビールを飲んでいたので、それを指さして聞いてみました)
ワンドロップのような甘いビールも飲めますが、いろいろな種類をどんどん飲んでいくスタイルなので、こういう甘いビールは少し重たく感じてしまうこともあります。ただ、1〜2杯だけ楽しむのであれば、全然アリだと思います。
1日でブリュワリー7軒回ったこともあるんですが、あのときはさすがにきつかったです(笑)
ー 1日に平均どれくらい飲むんですか?
一応、週に1回は休肝日を設けています。家では1日1〜2本程度ですね。
ただ、帰国間近なのにブリュワリーで買ったビールがまだたくさんあって、全部飲み切れるか心配です。
ー 今まで行ったオーストラリアのブリュワリーの中で、お気に入りや印象に残った場所を教えてください。
お気に入りのブリュワリー
やっぱり専門性がしっかりしているブリュワリーが良いです。
特にサワービールやワイルドエールが好きなので、先ほども名前が出たマリックビルの『Wildflower Brewing』がいちばんおいしいと思ってます。
それと、セントピーターズの『Future Brewing』も好きです。
この2軒は自分の中の王道ブリュワリーなんですが、もうひとつ挙げるとしたら、ウーロンゴンの北の方にある『The Barrel Shepherd』も良かったです。
ここも『Wildflower Brewing』のように樽で熟成させるタイプのビールをつくっているのですが、ちょっと変わってて。自前の醸造設備は持たず、同じエリアのブリュワリーでベースビールをつくってもらい、それを自分たちの樽で寝かせてブレンドして仕上げるという、まるでワインやウイスキーのような製法なんです。味もすごく自分好みでした。
印象に残ったブリュワリー
印象深いブリュワリーとしては、ニューカッスルの手前、モリセット (Morisset) にある『Bread and Brewery』です。
アメリカ出身のオーナーが営む小さなブリュワリーで、少量生産の実験的なビールをたくさんつくっているんですが、ビールごとに全部物語があるんです。そのストーリーを語るオーナーと、それを「またその話をしてる」と笑う常連客、そんなやりとりも含めて、すごく面白い体験でした。
もうひとつは、ノーザンビーチズのモナベール近くにある『Hang 10 Distillery』という蒸留所がつくっているビールです。 Half Pace Brewing Company という名義でビールを提供しています。
ここは廃棄されるパンを再利用してジンをつくっている蒸留所なんですが、蒸留酒の製造過程ではいったん醸造酒をつくるので、その設備を生かしてビールもつくっているんです。とてもクオリティが高い、おいしいビールでした。
そして、オーストラリアに来て最初に訪れたブリュワリー『Island Hopper Brewry』も忘れられません。
アーターモンに住んでいる方による本当に小さなブリュワリーで、タップルームがないため、アーターモンのカフェを間借りして提供しています。作った本人が注いだビールを飲めるのは毎週金曜日の夜のみなんです。ホームブリューイングのような優しい味わいで、フルーツ系のビールも多いですね。
オーストラリア行きが決まって、インスタで色んなシドニーのブリュワリーをフォローしていた時に、唯一フォローを返してくれたのがこのブリュワリーでした。実際に訪れた際にはスタッフが自分のことを認識してくれていて、そこから仲良くなりました。
日本への一時帰国から戻った時には、お土産として日本のビールを渡したんですよ。そこの常連さんとも顔馴染みになりました。
ー 本当に色んな場所に行ってますよね。では、今まででいちばん苦労して行った場所はどこですか?
シドニー周辺だと『Merino Brewery』がダントツで大変でした。
このブリュワリーに来る日本人は多くないで […]…
でも、ニューサウスウェールズ州全体で言うと、いちばん苦労したのはウーロンゴンより更に南にある『Seeker Brewing』ですね。最寄駅から30分歩いたんですよ。
それから、さっき印象的なブリュワリーがあると言ったモリセットですが、同じ地域にある『The Yard Brewery & Smokehouse』も大変でした。駅から徒歩40分で、工業地帯の中をひたすら歩いて…、本当に人が誰も歩いてなかったです。
32 Accolade Avenue, Morisset NSW 2264
https://www.yardkingsbrewingco.com.au/
ちなみにこれらすべて、シドニーから公共交通機関を使って日帰りで訪れています。
おわりに
ビールの話だけで、約2時間があっという間に経過してしまいました。
私も思わず「え、どこですか??」と聞いてしまうような地域を網羅している Toshizoさん。地理もブリュワリー巡りをしているうちに覚えたそうです。彼の話を聞いていると、「行きたいけど遠い」は、もしかすると言い訳かも…と思わせられるほどの行動力でした。
Toshizoさんは、私が以前ブログに「シドニーのブリュワリーを制覇したい」と書いていたのを読んでくれたようですが、私が実際に回っている回数は、おそらく彼の半分くらいかもしれません。
少し長くなってしまいましたが、今回は本当に面白いお話をたくさん聞かせていただきました。快くインタビューを受けてくれたToshizoさんに感謝です。